パクリとインスパイア
2006年3月20日 TV コメント (6)「女王の教室」SPについての書き込みで、
「あれはスター・ウォーズエピソード3のパクリだ!」というのを見て、
「はあ!?」と思ったのだが、どうやら
「ダースベイダー誕生」
ということらしい。
……ああ……って言われてみれば、なんとなくわかるような。
でも、ああいうのは「パクリ」とは言わないんじゃないだろうか。言うのかなあ?
どちらかといえば「インスパイア」
inspire……(〜から)ヒントをもらう。
想起する。
「インスパイア」はちょっとおおげさかもしれないけれど。
昔の評論やコラムだったら「(ネタの)いただき」って書かれたかも。そういえば、今「いただき」なんて言わないな〜。
森村誠一の「人間の証明」は松本清張の「砂の器」にインスパイアされて書かれたものだとか。
私は「人間の証明」は昔のドラマと最近フジでやっていたドラマしか知らないので、知ってもなんとなくピンと来ない。
「人間の証明」の中でカギとなる「ストウハ」という言葉の謎は、「砂の器」の例の「カメダ」がもとになっているそうだ。
言われてみれば……とは思うが。
もっともすぐ元ネタがわかるような作り方はダメですものね。
*****************************
ここから先の話はまったくの私見です。
今オンエア中の「白夜行」、あれはひょっとしたらドラマ「砂の器」からインスパイアされた(これ、単語としておかしいのだけれど、見逃して)ものではないか、と考えることがあります。
犯罪者側から描く「運命の男女」という描き方に於いて。
私は原作は未読なのですが、原作では主人公二人の内面については全く触れられていないとか。
その原作をドラマ化する際に、プロデューサーなりディレクターなりの頭の片隅にあったのでは……と思えます。
中居さんの「砂の器」はあさみという女性と鏡像関係にすることによって、和賀の内面を描こうとしたのかったのでしょうが、総論として拒否感が強かったんでしょう、なんとなく尻つぼみ気味になってしまいました。
あれは本当は、あさみの設定を「犯罪者の娘」というものにすればもっと説得力が生まれたはずなんですが、そうするとドラマの最大の謎がバレてしまうというジレンマがあったために、それはできなかったんでしょうね。
(ちなみに私は、「フォルテ」にピアノを聞かせに行った後、再び関係を続けるようになったと思っているのですが、どうでしょうか)
あとそれとは別に。
和賀の魂の救いを「女」にしたくなかったんじゃないのかなー、という気がちょっとします。(笑)
中居さんのシリアスな役って、「女」が退けられますよね。
直江は結局一人で逝くし、ピースには「ヒロミ」であり「有馬老人」で、ある意味女の影はまったくないし。
次にシリアスな役を演る時、どうなるんでしょうね(笑)
*あっちゃんすけさん、さくらさん、昨日の日記にコメントのお返事があります。
「あれはスター・ウォーズエピソード3のパクリだ!」というのを見て、
「はあ!?」と思ったのだが、どうやら
「ダースベイダー誕生」
ということらしい。
……ああ……って言われてみれば、なんとなくわかるような。
でも、ああいうのは「パクリ」とは言わないんじゃないだろうか。言うのかなあ?
どちらかといえば「インスパイア」
inspire……(〜から)ヒントをもらう。
想起する。
「インスパイア」はちょっとおおげさかもしれないけれど。
昔の評論やコラムだったら「(ネタの)いただき」って書かれたかも。そういえば、今「いただき」なんて言わないな〜。
森村誠一の「人間の証明」は松本清張の「砂の器」にインスパイアされて書かれたものだとか。
私は「人間の証明」は昔のドラマと最近フジでやっていたドラマしか知らないので、知ってもなんとなくピンと来ない。
「人間の証明」の中でカギとなる「ストウハ」という言葉の謎は、「砂の器」の例の「カメダ」がもとになっているそうだ。
言われてみれば……とは思うが。
もっともすぐ元ネタがわかるような作り方はダメですものね。
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ここから先の話はまったくの私見です。
今オンエア中の「白夜行」、あれはひょっとしたらドラマ「砂の器」からインスパイアされた(これ、単語としておかしいのだけれど、見逃して)ものではないか、と考えることがあります。
犯罪者側から描く「運命の男女」という描き方に於いて。
私は原作は未読なのですが、原作では主人公二人の内面については全く触れられていないとか。
その原作をドラマ化する際に、プロデューサーなりディレクターなりの頭の片隅にあったのでは……と思えます。
中居さんの「砂の器」はあさみという女性と鏡像関係にすることによって、和賀の内面を描こうとしたのかったのでしょうが、総論として拒否感が強かったんでしょう、なんとなく尻つぼみ気味になってしまいました。
あれは本当は、あさみの設定を「犯罪者の娘」というものにすればもっと説得力が生まれたはずなんですが、そうするとドラマの最大の謎がバレてしまうというジレンマがあったために、それはできなかったんでしょうね。
(ちなみに私は、「フォルテ」にピアノを聞かせに行った後、再び関係を続けるようになったと思っているのですが、どうでしょうか)
あとそれとは別に。
和賀の魂の救いを「女」にしたくなかったんじゃないのかなー、という気がちょっとします。(笑)
中居さんのシリアスな役って、「女」が退けられますよね。
直江は結局一人で逝くし、ピースには「ヒロミ」であり「有馬老人」で、ある意味女の影はまったくないし。
次にシリアスな役を演る時、どうなるんでしょうね(笑)
*あっちゃんすけさん、さくらさん、昨日の日記にコメントのお返事があります。
コメント
こんばんは、子持ちあゆです。
私も『白夜行』を見て、『砂の器』を強く意識してつくられたドラマだな〜って思いました。
主人公の描かれ方もそうですが、(原作では犯罪者の内面は描かれず、彼(ら)をとりまくものの視点で綴られていたものが、ドラマでは犯罪者を主人公に据えて物語が展開していく)
自然(太陽や月など)が効果的に挿入されているところや、音楽の感じも、どこか『砂の器』を彷彿とさせます。
だからでしょうか、見ていると、ふっと『砂の器』を思い出してしまうのです。
きっと、『白い影』や『砂の器』って、TBSの中では半ば「伝説のドラマ」となっているのではないか、ドラマを手がけるものにとっては憧れの作品になっているのではないかなって、ふと思ったりしています。
すいません、ファンのたわ言です。(笑)
子持ちあゆさまもおっしゃているように、
TBSの中で、伝説化してると思います。わたしも。
そういう作品の主演だったというのが、ほこらしい。嬉しい。
そして、それは、脚本とか、演出とか、スタッフ、キャストも
もちろんよかったのでしょうが、
中居さんが主演だったから伝説になったと思います。
ユーリさまの「あさみ」に関するくだり、まったくわたしも
そう思います。
そして、和賀の救いは、「女」にしてほしくなかったです。わたし。
あんぽんたんなことを日記に書いてしまって・・・。
先日の日記にも書きましたが、ここのところの
いつかどこかで観たっていう印象のものばかりが多いのは
「インスパイア」なものが本当多いからなのでしょう。
それくらい、私たちが触れてきた文化が
優れたものなんだということなのかもしれませんね。
ちなみに私は、心理屋という立場から観て
「砂の器」のあさみの心理的描き方が「甘い」と思っていた
くちでございまして・・・・。
鏡像関係にしたいであれば、もっとね「あさみ」の心理描写をね、掘り下げないとね〜って思っていたら、
あんな扱いに終わってしまいました・・・。
本当ね、そこがね、これはあくまでも
私的感想ではありますが、私の中「惜しい作品」に
なっている要因でございます。
「白夜行」が始まった頃、このお話しましたよね。
私は今、TBSのドラマ部には「福澤チルドレン」がいるのではないか、と思っています。
ジャイさんの画の作り方ってやっぱりものすごく強烈なので、フォワローが生まれるのは無理ないことだと思います。でも、最近本当に「これは……」というのが多いような。
ジャイさんの復帰が待たれます。
ご賛同ありがとうございます。
あの描き方は始まった当初から「やりたいことはわかるけど、どうだろう?」って思っていたら案の定の結果になってしまいました。
和賀さんの救いは「女」じゃないですよね。結果としては最終回で正解でしたね。
いえいえ、「MAYUKO語り」の大ファンの私、お時間がある時にゆっくりお聞かせください(笑)
あさみの描き方は本当はもっと丁寧にするつもりだったのかもしれませんね。
でも、何より周りが許さなかったようで(笑)
ほんとに「惜しい」ですね。